音楽って、すばらしい!!

性別、年齢、国籍、人種、ジャンルを問わず、心に響いた音楽を紹介します。 そして時々お笑い。 リンクはフリーです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

吟遊詩人ターロック・オキャロランのブラインド・メアリー

Turlough O'Carolan   ターロック・オキャロラン

Blind Mary by Julie

直リンクはこちら → Youtube

by Black Dog Broonzy

直リンクはこちら → Youtube

Blind Mary, Planxty Irvin

直リンクはこちら → Youtube


前回のフランコ・モローネさんで「Blind Mary」を採り上げたことだし、せっかくだからこの際ターロック・オキャロランさんを紹介しようと思う。

ターロック・オキャロラン(Turlough O'Carolan)さんはアイルランドの伝説的なハープ奏者である。
作曲の才にも恵まれていて、知られているだけでも200を超える曲を残している。
アイルランドでは「国民的作曲家」、「アイルランド最後の吟遊詩人」と称せられ国民に広く愛されている。
日本でいうと滝廉太郎のような存在なんだろうか?

オキャロランさんは1670年にアイルランドのミース州で生まれている。
1670年といえば、江戸幕府の第四代将軍徳川家綱が実権を握っていた時代である。 (@_@;)

18才の時、天然痘のため失明。

鍛冶屋であった父親の雇い主のマクダーモット・ロー家の婦人の計らいによって、地元のハープ奏者の見習いになる。
十分修行を積んだ3年後には、夫人はハープと馬、介添人をオキャロランに与え旅に送り出した。
その後、彼はアイルランド各地を旅し土地土地の雇い主のために歌を作った。

1720年にはメアリー・マグワイアと結婚。
1733年には先に逝かれている。
13年という短い結婚生活だった。

死期を悟ったオキャロランさんは最も恩義のあったマクダーモット・ロー家に帰り、最期を迎える。
妻メアリーとの死別から5年後の1738年のことであった。
亡骸はマクダーモット・ロー家の墓所に葬られた。

代表作に、
エレノア・プランケット (Eleanor Plunkett)
キャロランのコンチェルト (O'Carolan's Concerto)
音楽への別れ (Farewell to music)
シーベグ・シーモア (Sheebeg and Sheemore)
等がある。


さて、もうお分かりの通り「Blind Mary」はオキャロランさんが愛する妻メアリーのために書いた曲だったんですね。
奥さんも盲目(Blind)で仲睦まじかったようです。
その証拠に子供が7人!!

「Blind Mary」が作られた年ははっきりしないが、いずれにせよ今から300年近くも前のことである。
今聴いても新鮮で瑞々しい生命力に満ちている。
この曲を聴く度、オキャロランさんの妻メアリーさんに注いた深い愛情が300年ぶりに甦ったかのようでなんとも不思議な気持ちになってしまう。

一生変わらぬ愛(愛情)というのも世の中にはあるんですなあ。
オキャロランさんの「Blind Mary」を聴く度にそう思うのであった。    (^_^;)

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。